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    <title>福祉と介護のマネジメント研究会</title>
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    <language>ja</language>
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    <pubDate>Sun, 02 Apr 2023 15:08:56 +0900</pubDate>
    <item>
      <title>「ケアの思想」と「共に在る他者」〜４月２２日（土）に講座を開きます〜</title>
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      <pubDate>Sun, 02 Apr 2023 12:22:25 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2023-04-02T15:08:56+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2023-04-02T12:38:47+09:00</dcterms:created>
      <description>例年であれば桜の花便りが聞かれるこの頃ですが、今年は一足早く桜が満開になり、梅と桜の共演、桜と桃の共演があちらこちらで見られました。そのため、観光客が予定していた日程と合わないのか、海外からの訪日観光客もまだ少なく（国による偏りがあるようで）、京都は混雑しているといっても、平日は落ちついて風情を愉しむことができるところも多くありました。（もちろん、観光客が集中するエリアは平日でも復活して、とても風情を愉しむ余裕はない大混雑ぶりですが）&#13;&lt;br&gt;
昔は長く愛でることができ香りもよい梅の花が好まれ、御所では「左近の梅、右近の橘」だったのが、鎌倉時代の武家社会になると、一斉に咲き、一斉に散っていく桜の花が武士に相応しいとなり、御所も「左近の桜、右近の橘」へと替わっていきました。私は桜よりも梅の花が好きですが、桜であれば枝垂れ桜が気に入っています。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
COVID-19の感染拡大により20年前までと同じような春を迎えられたのは２シーズンだけでしたが、どのようなときでも人々の日常生活に密着していた業種と通り過ぎる人々を対象にしていた（依存していた）業種のちがいがはっきりと見えた期間でした。&#13;&lt;br&gt;
また、生活に密着している業種であっても、人々をどのように見ているかによって、あり方が変化したり、新たな形態が生まれました。今後、それらがどのように続くのかを見ていくことも留意しておきたいと思います。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
人はいつまでも健康で病気にならないようにと願ったりしますが、実際にはあり得ない願いであり、叶わないものといえるでしょう。人は病気になったときも現実を否定しようとしますが、否定できるものではありません。その現実の中に価値としての「在り方」を見つけなければなりません。&#13;&lt;br&gt;
そのためには、病気や苦しみ、悲しみ、悩みを「問題」としてみないことが要点になると思います。つまり、それらを「問題」としてしまい振り回されないこと、「苦」などの本質を見るようにすることで「在り方」に目を向けることになります。&#13;&lt;br&gt;
歳をとることは、ケアが必要となることは、「強い」身体などを手放して「弱さ」を選んできていることであり、それをどのように（素直に）認めるかということです。弱さを認めたくない、強い人でありたいと願うのは、強い人でなければならないことを求められ（強制され）てきたことの顕れでもあります。&#13;&lt;br&gt;
この情況の中でこの生き方をするということを落ちついて認め、受けとめていくことが「在り方」でもあります。自立とは強さを求めめざすことではありませんし、自立支援は強さを後押しするものではありません。人としての一生を最後までまとめあげていけるようにすることを随伴して支えることが自立支援です。介護支援専門員などケアに関わる人は、職務としてクライアントへのかかわりを求められますが、クライアントは職務を超えたところの随伴者として介護支援専門員などを求めようとします。このことを否定してはケアはすすめられませんし、囚われてもケアは揺らいでしまいます。&#13;&lt;br&gt;
ケアを介在した関係性をどのように保つかということは、「ケアの思想」を「介護関係」の中だけでとらえようとするのではなく、通常の日常生活、社会生活のさまざまな場面での「共に在る他者」との関係性の中でとらえなければなりません。そのうえで、直接介護を必要とする人に対してのサポートを見るようにすることが必要です。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
５月から今年度の主任介護支援専門員更新研修などが始まります。スタッフ、ファシリテーターとして関わる人は、参加者が「介護支援専門員としての職務は何か」というだけでなく、「ケアの思想」をどのように理解し自己のものにしていけるかについて留意することが重要と思います。&#13;&lt;br&gt;
研修に関わらない人においても、「ケアの思想」と「他者へのまなざし」と自己の「在り方」について実務や生活の場面で考えてほしいと思います。&#13;&lt;br&gt;
そこで、その機会になってほしいと思い、講座を開催します。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
日時：４月２２日（土）１３：３０〜１６：３０&#13;&lt;br&gt;
会場：名古屋国際センター　第２研修室&#13;&lt;br&gt;
　※会議名表示は「福祉と介護のマネジメント研究会　例会」になっています。&#13;&lt;br&gt;
内容：「ケアの思想を実務や生活に反映する要点」　研修での教育指導などで押さえておきたい要点と考え方、展開するうえで留意することについての講義を行います。また、その前提となる「ケアの思想」をどのように理解するか、行動と結びつく視点などについて考えていただきます。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>「心の叫び」や「メッセージ」をどのように受けとめるか</title>
      <link>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2023/01/09/9554216</link>
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      <pubDate>Wed, 11 Jan 2023 22:45:24 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2023-01-12T14:08:51+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2023-01-09T22:51:19+09:00</dcterms:created>
      <description>もう少しすると、28年目の「1．17」になります。2年前の1月18日のブログで「私の一冊『心の傷を癒やすということ』」を書きましたが、昨年は安先生の師である中井久夫先生も亡くなられました。クライアントの「叫び」や「メッセージ」をどのように受けとめているかは、日頃からの他者との関わりの中でどのように暮らしているかにもつながっていると思います。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
研究会や研修会でしばしば話していることですが、「きく（聴く・聞く）」ということについて深く考えることが対人援助職においては特に必要だと思っています。インタビューについてお話ししたこともありますが、聴くことは視ることであり、ことばそのものの意味もさることながら、ことばを読みとることと、ことばの背景に横たわっているその人の文化と現状認識から、クライアントが語っている中身を吟味することが大切です。&#13;&lt;br&gt;
研修などの場でよく、「本人の本音を聞く」ということばを聞きますが、自分が「聞きたいこと」を聞きたいのであって、クライアントの「心の叫び」や「メッセージ」を聞こうとしているのではない発言にしばしば出会います。また、クライアントが「暗に伝えたい」ことや、自身のことばでは言い表せないことについて苦心しているであろうと思われることについて見ていないのではないかと疑われることが多々あります。&#13;&lt;br&gt;
クライアントに長く関わってきていると、自分はクライアントのことをよく知っているとの錯覚に陥り、ますますクライアントの声を見なくなってしまうおそれがあります。「日々新たな目で見る」ことはよくいわれるのですが、それは、連綿と続いているその人の歴史・文化・行動を同じ視点で見るのではなく（自分の今までの思い込みで見るのではなく）、異なる視点や新たな視点で常に接することです。それにより、「同じ話し」であっても、新たな発見が生まれるのです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
また、人はそのときそのときに思いつきで喋ることもありますが、その「思いつき」と思える話しも、それまでに伏線としていくつものメッセージが隠されています。直接つながるものもあれば、そうでないものもあるので、後から見て「あれがそうだったのか」と思うこともありますし、「結局、何のつながりもなかった」と思うこともあるかもしれませんが、それぞれのことは縦糸と横糸のようにつながっているものです。&#13;&lt;br&gt;
この数年、「朝ドラ」の「伏線回収」ということばがSNSなどで賑やかですが、「伏線」となるシーンを何気なく見過ごしていると「突然」のように思われることになります。それでもそのシーンを深読み過ぎると「伏線」でもなんでもないことに振り回されたり、自分の都合による解釈に終わりかねません。ドラマでは面白かった、つまらなかったでいいかもしれませんが、対人援助の臨床ではクライアントと自分の人生に直接影響してきます。&#13;&lt;br&gt;
発することばや行動を一つ取りあげて、「何かあるのでは」と見るだけでは見つけることはなかなか難しいでしょうが、いくつかのことを組み合わせて相関性を吟味したりすると見えてきます。その場合でも、主体者は誰かを忘れてはなりません。「私」を主体者に置いていると「相手」は客体者になってしまいますから、自分に都合のよいように見てしまいがちになります。「相手」のメッセージを受けとるには「相手」が主体者であることをしっかりと認識しなければなりません。&#13;&lt;br&gt;
昨年7月の研究会で「現代文解釈の基礎」の書籍について少しふれましたが、文章（作品）を読むということは書かれている文字を追っていくことではなく、作者（著者）と読み手である「私」の相互作業です。読み手がどのように読んでも構わないというものではなく、このように読んでほしいとの作者のメッセージを受けとっていくことが解釈になります。読み手が「自分の好きなように読めばよい」というのでは、作者が伝えたいことが歪められたりしますし、作者の心の内を読みとることはできません。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「私はこんなにあなたのことを想っています。心配しています。考えています。」といっても、それは自分が主体者であることから一歩も踏み出してはいないのです。また、「私はこんなに思っています。だから、あなたも私の思いを汲んでください。」という思いも、自分が主体者であることから踏み出してはいません。相手も主体者であることの相互の関係を見失ってはいけません。自己の「存在」とは他者の「存在」との相互関係がなければあり得ません。&#13;&lt;br&gt;
「私」の側からの見方ではなく、「私」のことばを「相手」はどのように受けとめるかと考えることも相互性から見ることの一つです。「私が想っているから、あなたも想ってほしい」では、「私」が想わなくなったら「相手」も想わなくなってもよいということです。主体と客体の関係からメッセージをどのように読むかを考えることが大切です。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「相手」のメッセージの中にある「悲しみ（哀しみ）」を読み取れることは「相手」の「喜び」を知ることでもあります。「悲しみ（哀しみ）」の淵にあって、その「悲しみ（哀しみ）」を「誰に伝えるか」と本人が辺りを見回したときに、本人の「存在」を指し示す人であってほしいと願っています。&lt;br&gt;
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    </item>
    <item>
      <title>「100分de名著」12月放送について</title>
      <link>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/11/29/9544578</link>
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      <pubDate>Tue, 29 Nov 2022 16:19:24 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-11-30T11:08:07+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-11-29T17:18:45+09:00</dcterms:created>
      <description>NHKのEテレで、12月は「中井久夫スペシャル」が放送されます。（放送：月曜日午後10：25〜10：50、再放送：火曜日午前5：30〜5：55・翌週月曜日午後1：05〜1：30）&#13;&lt;br&gt;
今年の8月に大きな足跡を残して中井久夫先生が亡くなりました。彼のメッセージや研究などについては、私も研修講義や研究会の中などでしばしばとりあげていました。私が大きな影響を受けた人々の中でも敬慕するお一人でした。&#13;&lt;br&gt;
「100分de名著」は伊集院光さんと安部みちこアナウンサーの司会がゲストと対話しながら「名著」を紐解きながら真理を探究していく番組ですが、「中井久夫スペシャル」は精神科医で筑波大学教授で著書も多い斎藤環先生がゲストとして登場します。&#13;&lt;br&gt;
「義と歓待と箴言知のひと」の3冊の著書と2つのエッセイをとりあげて、中井先生のメッセージに迫ろうとするものです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
第1回12月5日放送　「『心の産毛』を守り育てる—「最終講義」」&#13;&lt;br&gt;
第2回12月12日放送　「『病』は能力である—「分裂病と人類」」&#13;&lt;br&gt;
第3回12月19日放送　「多層的な文化が『病』を包む—「治療文化論」」&#13;&lt;br&gt;
第4回12月26日放送　「精神科医が読み解く『昭和』と『戦争』—「『昭和』を送る」「戦争と平和　ある観察」」&#13;&lt;br&gt;
NHKテキスト12月（定価600円）は既に出版されています。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「心のケア」ということばが氾濫している現在、そもそも「心のケア」とは本当はどういうことをいっているのかなども含めて、中井先生のメッセージを受けとってほしいと思います。精神科医療に関わる援助職だけでなく、多くの人に「中井久夫の箴言」を知って欲しいと思っています。&lt;br&gt;
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    </item>
    <item>
      <title>12月で例会はひと区切りとします</title>
      <link>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/09/30/9529675</link>
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      <pubDate>Sun, 13 Nov 2022 20:45:07 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-11-13T22:18:35+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-09-30T16:10:47+09:00</dcterms:created>
      <description>　11月になって秋の直中のようになりましたが、今年は10月にも夏日の日があったりと、秋の色づきの前に木々の葉が暑さで日焼けしたのではないかと思えるような変化も見られました。紅葉の見頃は同じ地域でも差があるのは当然ですが、今年の立冬（11月7日）を境に日中と朝夕の温度差が大きくなり、紅葉・黄葉散策のときの衣服をどう選べばよいか迷ってしまいます。今年の京都は紅葉見物を兼ねた観光客が溢れる日が多くなったようで、静かな散策は望めないようですが、それでも山を背にした神社仏閣や庭園を含めた景色はいつ見ても飽きがこないのは、その景色が情緒と組み合わさって、自分のそのときの気持ちを映し出すからではないでしょうか。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　11月が近づくと山小屋が閉まり始め、雪で小屋が埋まってもよいように冬支度を行い、多くの山小屋では11月初旬〜中旬頃には翌年の小屋開きまで静かに長い眠りに入ります。時機を失すると翌年の準備ができないまま閉めなければならず、山小屋の主は観天望気の見極めを慎重に行います。私が若い頃の山行で11月の初めに吹雪に遭ったとき、運良く山小屋の主が下山する直前に辿りついて、たった一人の「宿泊客」として迎え入れていただいたことを時折懐かしく思い出します。また、よく訪れていた山の地元猟友会の方が、猪鍋をするからと誘ってくれたりしたこともありました。11月から12月にかけての時季は今でも山への誘惑に心を動かされます。&#13;&lt;br&gt;
　あれからずいぶんの歳月が流れ、何時の間にか、一年が短く感じられるようになるだけでなく、身体のあちらこちらもかつて思っていたような「強さ」ではない「弱さ」を基礎にした動きへと移ってきました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ところで、この研究会も発足からおよそ20年となりました。当初の頃とはメンバー対象者も内容も変えてきましたが、対人援助に関わる人に大切していただきたいことを、それは職業としてのということもありますが、ものごとの「そもそも」（principle）や考え方、展開方法、関連領域や隣接領域についても知識や技術だけではなく実体的に学んでほしいと思ってきました。臨床をとおして生きることの真理と生きることを支える意味について考えてほしいと思ってきました。&#13;&lt;br&gt;
　時代とともに、というよりも、人とともに時代が移ろいで行く中で、「そもそも」を基底にしている自分自身を動かす力をどこに焦点化していけばよいか考えてきましたが、しばらくの間、ゆっくりと整理したいと思うようになりました。以前は「拡がっていく」思惟を大切にしてきましたが、今では「収束していく」思惟へと切り替えることが増えてきました。ある意味では、ようやく「そこ」に辿りついたともいえるかも知れません。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　そこで、考えを整理したり、在り方を考えるために今までの例会は一区切りとし、12月で幕を下ろします。秋になって木々が紅葉・黄葉になり葉を落としていくのは自らの命を最小限の力で維持するためですが、私自身も人生のまとめをするために必要最小限の力に落として「仕舞う」準備に入ろうかと考えたからです。&#13;&lt;br&gt;
　ただ、法定研修会などにあたってファシリテーターなど研修スタッフを務められる方々をはじめとしたスタッフ養成教育の対象となる方々に対しては、教育指導内容の研修やトレーニングを兼ねて集まりをもつことは適宜行う予定にしていますので、必要に応じてブログ（メインタイトル「福祉と介護のマネジメント研究会」も改称するかもしれませんが、URLは変更しない予定です。）で開催案内などをお知らせします。ブログは不定期であっても、みなさんにお勧めしたい書籍・文献などの紹介をはじめ、メッセージやみなさんの学習サポートなどになるようにと考えています。&#13;&lt;br&gt;
  今後、みなさんがそれぞれのステージで丁寧に活動されることを祈念します。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　なお、自分自身がずっと続けてきている探究をさらに深めるために、何人かの人とはお目にかかってお話ししながら思索を整理する場（読書会のようなもの）をつくるつもりですが、教育指導の場ではなく、私的な思惟の場になりますのでご理解ください。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　さて、12月研究会は12月10日（土）１３：３０〜１６：３０に会場（名古屋国際センター　第2研修室：3階）を予定しています。 &#13;&lt;br&gt;
会場に来られない方にはオンライン（会場などの都合などで万全にはできませんが）参加をサポートします。 当日、オンラインで参加（出席）を希望する方は、12月8日（木）18時までに「オンライン参加希望」の旨、連絡してください。（事前登録者に自動的にミーティングID等を連絡することはしません。）希望者には必要に応じて確認の上、ミーティングIDなどを12月9日（金）にお知らせします。オンライン登録されていない方で希望される場合には、個人メールアドレスを添えてその旨し込んで下さい。 &#13;&lt;br&gt;
　また、会場使用にあたっての注意事項（以前に記載しています）も遵守していただきます。&#13;&lt;br&gt;
 &#13;&lt;br&gt;
　不明なことがあれば、LINEかE-mailか、このブログのコメント欄（原則、コメントについては一般公開しません）から連絡してください。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>ようやく秋も深まってきました</title>
      <link>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/10/23/9535405</link>
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      <pubDate>Mon, 24 Oct 2022 12:55:07 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-10-24T14:26:43+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-10-23T18:06:20+09:00</dcterms:created>
      <description>10月半ばになっても夏日となる日もある今年ですが、野山や田畑を見ると、朝夕の冷え込みとともに一気に秋の気配が感じられるようになりました。&#13;&lt;br&gt;
夏の疲れ（というより年齢から来る衰えといった方がよいと思いますが）が少しずつとれてきて、部屋の片付けなどを少しずつ始めています。一日に1回は香を焚いて内観する時間も確保できています。調香することはせず、香木店の線香やコーン型香を用いるので、香を嗜む人から見たら相手にされないような輩ですが、香木と薬種由来の薬系素材でつくられた香は疲れた頭の中を鎮めるうえで役立っています。香木の匂袋は身のまわりに置いておくのが一般的な使用法ですが、私はものごとを考えるとき、アイデアが浮かばないときなどに香りを嗅いでいます。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
五感ということばがあります。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の5つで、人が外界を感知するための感覚機能として古来からいわれてきたものです。現在では感覚機能は5つではないことは明らかですが、五感ということばには生理学的な意味以上のものがあります。&#13;&lt;br&gt;
人が現象をどのように受けとめるかというとき、認識論や存在論で考えるということについてはお話ししてきましたが、外界を知る入口である五感は極めて重要な働きがあります。感覚器としての機能があってもそれをどのように使っているかということと認識論や存在論は結びついています。&#13;&lt;br&gt;
難しく考えなくても、わたしたちは日頃「美味しい」「美しい」などということばを使って事象を説明しようとしていますが、「美味しい」とか「美しい」という感覚は何を基準にしているのでしょうか。他と比較してということもありますが、それらはその人の主観によって定義されています。よく飲食店の口コミサイトやテレビの番組の出演者などによる「美味しい」とか「美しい」ということばが氾濫していますが、実際に口にしたりすると「評判ほどではない」というコメントもよく見られます。それは、わたしたちの感覚器をとおして認識される事象は人によって異なるからです。生活の中で培われたものや入力されたものが人それぞれに異なるからです。名古屋の味噌煮込みうどんを美味しいと感じる人もいればそうでない人もいます。京うどんを物足りないと感じる人もいます。&#13;&lt;br&gt;
現在では日本国中だけでなく世界の「美味しいもの」が家にいながら味わえるようになってきましたが、やはり、「地元」で味わえる感覚とは異なります。そのため、「美味しさ」を感じるために「地元」の風景や生活を思い浮かべながら、想像の翼を拡げ、少しでも感覚を近づけようとすることで差を埋めようとします。&#13;&lt;br&gt;
対人援助において、相手の見方や考え方にあわせることは難しいですが、五感をとおして得る認識を微調整しようとする試みが大切です。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
さて、11月研究会は11月12日（土）１３：３０〜１６：３０に会場（名古屋国際センター　第3研修室：4階 　※3階と間違えないでください）を予定しています。 &#13;&lt;br&gt;
会場に来られない方にはオンライン（会場などの都合などで万全にはできませんが）参加をサポートします。 &#13;&lt;br&gt;
当日、オンラインで参加（出席）を希望する方は、11月10日（木）18時までに「オンライン参加希望」の旨、連絡してください。（事前登録者に自動的にミーティングID等を連絡することはしません。）希望者には必要に応じて確認の上、ミーティングIDなどを11月11日（金）にお知らせします。オンライン登録されていない方で希望される場合には、個人メールアドレスを添えてその旨し込んで下さい。 &#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
12月は次の日程で開催予定していますが、情況により中止（休会）することがありますので、直前の連絡も含めて、確認してください。 &#13;&lt;br&gt;
＜2022年12月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　12月10日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階）&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
また、会場使用にあたっての注意事項（以前に記載しています）も遵守していただきます。 &#13;&lt;br&gt;
不明なことがあれば、LINEかE-mailか、このブログのコメント欄（原則、コメントについては一般公開しません）から連絡してください。&lt;br&gt;
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    </item>
    <item>
      <title>「解釈する」ということ</title>
      <link>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/09/30/9529641</link>
      <guid>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/09/30/9529641</guid>
      <pubDate>Fri, 30 Sep 2022 22:18:55 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-09-30T22:54:31+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-09-30T11:56:15+09:00</dcterms:created>
      <description>ものごとを理解するということは、解釈するということでもあります。「理解」とは大辞泉によると「①物事の道理や筋道が正しくわかること。意味・内容をのみこむこと。②他人の気持ちや立場を察すること。」とあります。そして、「解釈」とは「①言葉や文章の意味・内容を解きほぐして明らかにすること。また、その説明。②物事や人の言動などについて、自分なりに考え理解すること。」とあります。どちらの単語にも共通することは「解」です。&#13;&lt;br&gt;
意味をどのように解するか、相手の意・事情に沿った解なのか、自分の考えから紐解いた解なのかという違いがありますが、判断に作用するものです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
統計などデータを積み重ねて解釈することは量的理解をすすめるうえで必要ですが、質的理解をすすめるうえで必要な力が文章読解です。&#13;&lt;br&gt;
もちろん、相手が言語的表現をどのように駆使しているかにも影響されますが、それでもなお、言語的理解、文章読解の力が高ければ対話による相互理解を高めていくことが可能です。言語的理解は具象を抽象化し、抽象化された言語から具象化する力でもあります。現象を知っていれば具象化することが容易になりますが、そもそも何を抽象化したかということを推理し、言語という抽象から本質を探究しなければなりません。「相手を知る・理解する」ということは、相手が具象をどのように抽象化し、抽象をどのように具象化するかということを知るということでもあります。相手のものの見方・考え方は、相手が具象と抽象の間をどのように往復しているかでもあり、どのように言語を用いているかによって、見方・考え方の一端が見えてきます。&#13;&lt;br&gt;
人間が発達してきたのは言語理解によるものです。具象を如何に適確に抽象化して伝え、抽象化されたものから具象に復元することにより思考が深まり、推理し、応用する力が発達してきました。「群れ」が「社会」へと発展構成されたのも言語によります。概念を共有した集団がコミュニティの始まりです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
ことばのやり取りにおいて、「あれ」「これ」という指示代名詞や、「あの人」「この人」という人名代名詞を使ってお互いに言っていることの意味が分かり合える（コミュニケーションの成立）には、共通の認識が深く、あるいは、長い間の習慣化された行為がともなっていなければ困難です。&#13;&lt;br&gt;
そのため、ことばの意味や用法を知っているだけでなく、文章読解などを含む言語理解は極めて重要になります。&#13;&lt;br&gt;
また、ものごとに着眼し思索するうえでも、本質に近づく切り口を言語によって整理することは大切です。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
私の手許に、「着眼と考え方　現代文解釈の基礎（新訂版）」遠藤嘉基・渡辺実（ちくま学芸文庫）（以下、「基礎」と略）があります。1963年刊行「現代文解釈の基礎」（もともとは1960年の「現代文解釈の方法」）が1991年に新訂版となり、絶版となっていたのですが、2021年に文庫版として出版されたものです。「基礎」のレイアウトがよく、中学・高校の時に参考書としてというよりも読書の「手引書」として使っていました。「例題」と「考え方」、「着眼点」、「演習」が一目で把握でき、昨年文庫版として復刊されたので、頭の体操をかねてすぐに購入しました。巻末解説にインターネットで有名になった読書猿氏が寄稿していて、「学習参考書」らしくないと思えるところもありますが、氏の文章はこの「基礎」を的確に掴んだ内容で感心するとともに、あの名著をよくぞ文庫版にできたものだ驚嘆しました。&#13;&lt;br&gt;
「基礎」は「解釈の基本」を示してあるだけでなく、「考え方」として解説したり、練習問題をとおして（学校の試験問題のような書き方になっていますが）深く考える手助けになります。繰り返し繰り返し読むことで、繰り返し繰り返し考えることで、本質に迫る（近づく）方法・道順が身についていく、時代を超えて人が身につける素養になっていく一助になります。「基礎」は一気に読破する書籍ではありません。むしろ、1年間、あるいは3年間かけてじっくり読んでいくこと、引用している原著を読みながら読むなど、それぞれの趣に応じて味わえます。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
近年はマニュアル本のように簡便や安直で単純な一択回答を求める人が多いですが、人と人の関係はもちろんのこと、人生は一択回答で歩むものではありません。&#13;&lt;br&gt;
秋の夜長に読書というのは古来よりいわれていることですが、読書のためのお供を傍らに置いておくのはいかがでしょうか。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>リアルから実相を探求する</title>
      <link>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/09/23/9528101</link>
      <guid>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/09/23/9528101</guid>
      <pubDate>Fri, 23 Sep 2022 13:22:21 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-09-23T14:22:35+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-09-23T14:19:58+09:00</dcterms:created>
      <description>聖書や仏典を「原典」そのまま読むことができる人はいません。それは、そもそも「原典」といえる書籍は現在私たちが目にすることはできませんし、歴史の中で編纂され、推敲されてきたものだからです。さらには、「原典」の元はイエスや預言者たち、釈迦が話したことば・物語であり、弟子たちが見聞きしたことを基に編纂されていたものです。また、世界に広がっていく過程の中で、それぞれの国のことばや文字に翻訳され、改訂されてきたものだからです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
例えば、キリスト教の聖書は旧約聖書（「続編」といわれる部分を含む）と新約聖書の２書から成り立っていて、あわせて聖書といいますが、旧約聖書部分はユダヤ教のタナハ（tanakh）を基にしていますし、旧約・新約聖書それぞれに「外典」「偽典」と呼ばれるものがあります。新約聖書はギリシャ語が元であると言われますが、旧約聖書はヘブライ語・アラム語で書かれていて、死海文書により少しずつ明らかになってきました。翻訳にあたっても５世紀にウルガタ（ラテン語訳聖書）によって新約聖書と旧約聖書の「正典」としての統一性が具体化されました。その後、長い間ウルガタの時代がありましたが、宗教改革と呼ばれる時代近くになって１６世紀にルターによるドイツ語版聖書が密かに出版され、その後英語翻訳版へとつながり、イングランド王ジェームス１世が英語版「欽定訳聖書」を出版され、今日の各国翻訳版聖書へとつながってきました。&#13;&lt;br&gt;
現在の日本ではフランシスコ会聖書研究所（サンパウロ発行）の「聖書（原文校訂による口語訳）」や日本聖書協会発行の「協会共同訳」「新共同訳」（協会共同訳・新共同訳はカトリックが使用する「旧約続編付」とプロテスタント用の続編なしの２種があり、新共同訳はカトリックとプロテスタント共通の聖書としている）「文語訳」「口語訳」聖書、新日本聖書刊行会の「新改訳」のほか、何種類も出版されていて、それぞれ表記されていことばだけでなく、表現や意味合いも異なっています。それは、聖書をどのように解釈しているかということでもあります。またイエスのことばなどは旧約聖書をもとにしているため、新約聖書を読むだけでは聖書に書かれている意味の理解が不十分になっていまいます。&#13;&lt;br&gt;
私はひととおりもっていますが、いろいろ考えるときにはフランシスコ会聖書とバルバロ訳聖書で（訳註がよいので）、原稿を書いたりするときは新共同訳聖書（旧約続編付）を主に使って（ミサ典礼用聖書なので）います。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
仏典はサンスクリット語で書かれた教典が最も古いといわれていますが、私たちがよく目にするのはすべて漢字で書かれたものです。有名な「般若心経」や「阿弥陀経」など、漢文をそのまま読むのは苦手という人もいるでしょう。初めて接する人でも親しめる教典を翻訳したもので私が気に入っている本に、岩波文庫の青303-1「般若心経　金剛般若心経」（中村元・紀野一義訳注）があります。漢訳と読み下し文とサンスクリット原典からの現代語訳を対照させていて、註も細かくて、繰り返し読むごとに理解が深まります。&#13;&lt;br&gt;
本願寺出版社「浄土真宗聖典（註釈版第二版）」など、現代の人々が読みやすく、親しみやすい宗派公認の読み下し・現代訳の書籍も増えてきてとてもいいことだと思っているのですが、私自身は漢文付きの方が馴染みがあるので、親鸞の「歎異抄」も角川ソフィア文庫の「新版歎異抄　現代語訳付き」（千葉乗隆訳注）が原文・訓読・読み下し・要旨・現代訳・解説とあって、初めての人でも読みやすいのではないかと思うのです。&#13;&lt;br&gt;
仏教に限らず宗教では「教典」という文字に書かれたものは重要ですが、「経」はサンスクリット語のスートラを漢訳したもので釈迦が説いた法（ダルマ）＝真理をまとめたものといわれています。そもそも釈迦は自分の話を文字に残すことを認めていなっかのですから、釈迦の入滅後に弟子たちが「釈迦がこう言いました」などのように記録化したものが基となって今日へとつながってきた（さまざまな推敲、翻訳、改訂を経て）のです。そういうことでは、新約聖書の「イエスのことば」と同じ経過ですね。&#13;&lt;br&gt;
私たちが目にする仏典には「唐の玄奘三蔵」訳が多いのですが、あの「西遊記」でおなじみの三蔵法師です。６世紀前半に16年をかけてインドで学び、657部の教典を持ち帰って翻訳し、先に伝わっていた法典翻訳の誤りなどを正しました。とりわけ、最も重要と考えられていた「大般若経」を翻訳して生涯を終えました。&#13;&lt;br&gt;
サンスクリット語を漢語に翻訳するにあたって、音と漢字の意味を一致させながら教典としてまとめ上げる作業は、現地で実際の生活を体験してその意味を深く理解しなければ、真理に近づくことはできなかったでしょう。私たちが「般若心経」を読む（唱える）ごとに深い意味を考えさせるのは、リアルから実相を知った人の翻訳だからこそだと思うのです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
現実をどのようにみるのか、実際をどのようにみるのか、ありのままの姿をみることが重要であるが故に、その難しさをかみしめながら、尚、実相を求めて行かなければと思っています。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
さて、10月研究会は10月8日（土）１３：３０〜１６：３０に会場（名古屋国際センター　第2研修室：3階 ）を予定しています。 &#13;&lt;br&gt;
会場に来られない方にはオンライン（会場などの都合などで万全にはできませんが）参加をサポートします。 &#13;&lt;br&gt;
当日、オンラインで参加（出席）を希望する方は、10月6日（木）18時までに「オンライン参加希望」の旨、連絡してください。（事前登録者に自動的にミーティングID等を連絡することはしません。）希望者には必要に応じて確認の上、ミーティングIDなどを10月7日（金）にお知らせします。オンライン登録されていない方で希望される場合には、個人メールアドレスを添えてその旨し込んで下さい。 &#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
今後、次の日程で開催予定していますが、情況により中止（休会）することがありますので、直前の連絡も含めて、確認してください。 &#13;&lt;br&gt;
また、会場使用にあたっての注意事項（以前に記載しています）も遵守していただきます。 &#13;&lt;br&gt;
不明なことがあれば、LINEかE-mailか、このブログのコメント欄（原則、コメントについては一般公開しません）から連絡してください。 &#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
＜2022年10月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　10月8日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年11月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　11月12日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第3研修室（4階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年12月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　12月10日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階）&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>人生から何を求められているのか</title>
      <link>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/08/22/9519941</link>
      <guid>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/08/22/9519941</guid>
      <pubDate>Tue, 23 Aug 2022 23:32:16 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-08-24T22:31:27+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-08-22T23:04:02+09:00</dcterms:created>
      <description>処暑となり、秋が少しずつなのか、駆け足なのかわかりませんが、これからは秋の訪れが目や耳、肌に感じるようになってきます。&#13;&lt;br&gt;
私は、秋風が心地よくなってきたら部屋の片付けをして、処分するものなどを整理しようと思っています。いつのまにか書籍などが再び増加し（自分で買っているのですが）置き場所がなくなってきました。いろんな品々も、便利そうだとか補充用だとかついつい購入してしまっても、結局は使わないままに引き出しや収納庫に増えて&#13;&lt;br&gt;
しまったものも多くあります。&#13;&lt;br&gt;
若い頃には思うきっかけは少なかったけれど、人生の終盤になると、「人生から何を求められていたのか」と考えることが多くなってきます。若い頃は「人生に何を求めるか」という、ある意味積極性があったのですが、どのように幕を下ろすかということについて考えるときには、「人生が何を求めていたのか」と回顧することになってしまいます。&#13;&lt;br&gt;
「仕舞う」とは「終う」「了う」ことであるということを改めて考えるこの頃です。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
さて、9月研究会は9月3日（土）１３：３０〜１６：３０に会場（名古屋国際センター　第2研修室：3階 ）を予定しています。 &#13;&lt;br&gt;
会場に来られない方にはオンライン（会場の都合などで万全にはできませんが）参加をサポートします。 &#13;&lt;br&gt;
当日、オンラインで参加（出席）を希望する方は、８月３1日（木）18時までに「オンライン参加希望」の旨、連絡してください。（前回から登録者に自動的にミーティングID等を連絡することはしません。）希望者には必要に応じて確認の上、ミーティングIDなどを9月2日（金）にお知らせします。オンライン登録されていない方で希望される場合には、個人メールアドレスを添えてその旨し込んで下さい。 &#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
今後、次の日程で開催予定していますが、情況により中止（休会）することがありますので、直前の連絡も含めて、確認してください。 &#13;&lt;br&gt;
また、会場使用にあたっての注意事項（以前に記載しています）も遵守していただきます。 &#13;&lt;br&gt;
不明なことがあれば、LINEかE-mailか、このブログのコメント欄（原則、コメントについては一般公開しません）から連絡してください。 &#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
＜2022年9月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　9月3日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年10月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　10月8日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年11月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　11月12日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第3研修室（4階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年12月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　12月10日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階）&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>7月研究会について</title>
      <link>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/07/15/9509346</link>
      <guid>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/07/15/9509346</guid>
      <pubDate>Fri, 15 Jul 2022 21:46:39 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-07-15T21:45:08+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-07-15T21:45:08+09:00</dcterms:created>
      <description>京都祇園祭は3年ぶりの山鉾巡行で相当の人出が予想されていますが、今日15日の「宵宵山」（宵山）は日中からラッシュアワー状況で、夕方には歩くことも困難とのことでした。&#13;&lt;br&gt;
私は送られてきた昨日の演習結果を一つずつ点検し、評価とデータ作成のため、残念ながら現地に行くことができません。もっとも、安全対策上からはその方がよいのでしょうが、明日16日（土）BS放送の宵山中継を見て我慢しようと思っています。&#13;&lt;br&gt;
山鉾巡行や祇園山笠（15日早朝は博多祇園山笠の追い山がありました）が終わると本格的な夏になるのが例年ですが、今年はどのような「夏」になるのでしょうか。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
さて、7月研究会は7月23日（土）１３：３０〜１６：３０に会場（名古屋国際センター　第2研修室：3階 ）を予定しています。&#13;&lt;br&gt;
会場に来られない方にはオンライン（会場の都合などで万全にはできませんが）参加をサポートします。&#13;&lt;br&gt;
当日、オンラインで参加（出席）を希望する方は、7月21日（木）18時までに「オンライン参加希望」の旨、連絡してください。（今回から登録者に自動的にミーティングID等を連絡することはしません。）希望者には必要に応じて確認の上、ミーティングIDなどを22日（金）にお知らせします。オンライン登録されていない方で希望される場合には、個人メールアドレスを添えてその旨し込んで下さい。 &#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
今後、当日までの情況変化により中止（休会）、またはオンライン（Zoom　meeting）にすることがありますので、直前の連絡も含めて、確認してください。 &#13;&lt;br&gt;
また、会場使用にあたっての注意事項（以前に記載しています）も遵守していただきます。 &#13;&lt;br&gt;
不明なことがあれば、LINEかE-mailか、このブログのコメント欄（原則、コメントについては一般公開しません）から連絡してください。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>オンラインによる研究会について〜注意〜</title>
      <link>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/06/27/9503783</link>
      <guid>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/06/27/9503783</guid>
      <pubDate>Mon, 27 Jun 2022 12:22:50 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-06-27T13:47:35+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-06-27T13:47:35+09:00</dcterms:created>
      <description>気象庁が梅雨明けを発表するなど、連日猛暑（酷暑）が続いていますが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。気象学、天文学では現在の地球は間氷期という温暖の時期であり、やがて氷期が訪れるといわれています。（５万年、１０万年の単位の話しなのでピンときませんが）&#13;&lt;br&gt;
2025年には太陽フレアによって携帯電話、カーナビだけでなく、通信障害、電力障害が２週間にわたっておこり、断続的に利用できなくなるおそれがあると総務省が発表しました。社会のインフラだけでなく、家庭生活にも影響があるようです。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
ところで、現在、研究会を会場とオンラインの併用で行っていますが、オンラインミーティングにあたっての基本を理解していないのではないかと思われることが見受けられるので、注意（警告）します。プロフェッショナルな人たちの集まりなので直ちにオンラインミーティングを止めることも考えましたが、順序としてひとまず注意喚起をし、その上で今後について対応を判断することにしました。&#13;&lt;br&gt;
本来であれば、このようなことを掲載することは恥ずべきことですが、一人でも該当する人がいれば（いたので）、研究会の趣旨などが崩れてしまいますので、敢えてお知らせします。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
１）研究会は自由参加ですが、オンラインでの参加については、オンラインメンバーとして承認された人で、原則として個人のメールアドレスを事前登録・承認した人です。事業所のメールアドレスを使用することを特別に認めた場合（個人事業主の場合や個人専用アドレスになっている場合など）でも、参加・視聴にあたっては、研究会のメンバーとして登録された人だけになります。新たにオンライン登録を希望する人だけでなく、既に登録している人も再認識して下さい。&#13;&lt;br&gt;
２）現在は、便宜上、研究会をオンライン併用しているのであり、不特定の人が視聴できる環境（不特定の人が近くにいることも含め）でオンライン参加を認めているのではありません。事前に相談や連絡があれば、イヤホン装着や対人援助職としてのモラルなどを前提に、その都度判断します。&#13;&lt;br&gt;
３）講義などしている際に質問などを適宜行うための発言やチャットを認めていますが、研究会や講義に関係の無い話し（特に外部の人との会話など）がマイクに入ることは止めて下さい。また、画面にメンバー以外の人が映り込むことも避けて下さい。不特定の人が講義などを視聴できる状態になっていることになります。&#13;&lt;br&gt;
４）オンライン登録した人には事前に資料をメールで配布していますが、本来は、その日の研究会に参加した人に配付しているものです。オンラインでの便宜を図るために事前配付していることを理解して下さい。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
４点以外にも認識していただきたいことがありますが、最低限のことだけ記しました。&#13;&lt;br&gt;
親和的なこととルーズなことは全く異なります。&#13;&lt;br&gt;
気持ちよく「学び」の場を維持することを理解して下さい。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>歴史から学ぶこと</title>
      <link>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/05/22/9492977</link>
      <guid>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/05/22/9492977</guid>
      <pubDate>Tue, 31 May 2022 21:46:27 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-05-31T22:56:15+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-05-22T16:50:52+09:00</dcterms:created>
      <description>21世紀の現在、日本と世界はどのようになっていくのでしょうか。&#13;&lt;br&gt;
日本史、世界史という歴史のとらえ方だけでなく、地球史、宗教史、哲学史、医学史、音楽史、美術史、まだまだ多くの「歴史」という視点でものごとを見ることができます。「生活史」も「歴史」であり、対人援助においては重要な見方であり、「その人」を知る手がかりになります。ラテン語やギリシャ語では「歴史」と「物語」は同じ語源（historia）であり、「探求」も同じ語源です。（「語源」というと誤解しやすいですが本来の語義であり、英語が別の言葉にしたといわれています。）時空を超えた真理やできごとのつながりを探究していくことの意味がわかると思います。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
ところで、地球の歴史46億年を1年の縮尺にすると、人類のルーツとなる猿人が誕生してからまだ1日どころか、14時間程経った頃（700万年前）といわれています。そして、現生人類が農耕牧畜などを始めてから1分経った程度です。&#13;&lt;br&gt;
地球史上、瞬きする間に、人間はさまざまなことを行い、あたかも地球の支配者として振る舞ってきましたが、地球史はそれを呑み込んで悠然と構えているのかも知れませんし、新たな「支配者」ではなく「管理者」を待っているのかも知れません。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
人類暦17世紀に登場した「近代哲学」の思想は人間の「理性」により真理を探究しようとしました。もっとも、その始まりのルネ・デカルトはカトリック信仰に根ざしており、「神の存在証明」を理性によって説明しようとしました。これは、「神学」と「哲学」の関係の歴史を知ることで理解を深めることができます。&#13;&lt;br&gt;
「信仰と理性は調和する」として13世紀にスコラ哲学を体系化したトマス・アクィナス（シチリア王国・ドミニコ会）の時代の後、14世紀のスコラ哲学者のウィリアム・オッカム（イングランド王国・フランシスコ会）は信仰の純粋性を保つために「理性」と「神学」を分離し、「理性（哲学）」は信仰の領域に立ち入らないとしました。16世紀になるとヴィッテンベルクの大学教授であったマルティン・ルター（神聖ローマ帝国ザクセン選帝候領・聖アウグスチノ修道会）はオッカムの理論をさらにすすめ、信仰（神学）と理性（哲学）を完全に分離した考え方を示しました。（宗教改革としてよくいわれる「95箇条の論題」はドミニコ会神学者との論争の論題を告知したもので、特別なものではありませんでした。）その後、ルターの意に反してカトリック教会を破門になり、時代の流れは彼を「プロテスタント」のヒーローにしていきました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
デカルトはフランス王アンリ4世が設立したイエズス会の学校でスコラ哲学だけでなく、自然学、数学、物理学などにも好奇心を深めていきます。ガリレオ・ガリレイの地動説が異端審問される頃には「宇宙論（世界論）」「方法序説」と深め、哲学を形而上学（普遍的な原理について理性・思惟によって認識する）の根に自然学の幹と種々の学問の枝という「哲学の原理」としてさらに体系化していきます。&#13;&lt;br&gt;
しかし、「理性」はデカルトが探求したものとは別の方向へと走っていき、人間が地球のあらゆることだけでなく、宇宙をも含めて支配できるものと錯覚していく時代を生みだしていくことになりました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
日本ではいつのまにか工学系・理学系技術が「科学」と思われるようになり、「科学」こそが万能であると信じている人々が増えていきましたが、結局は「科学」を信仰の対象にしているにしか過ぎないのではないでしょうか。「技術」は「理性」ではありませんし、「理性」が地球を含めた全宇宙を解明しているものでもありません。人類史をとおして明らかになってきたことは「理性」で真理を探究しようとすることであり、それは未だ到達し得ていないのです。&#13;&lt;br&gt;
75年程前のできごとですら否定したり修正しようとする人たちが政治や社会を支配しようとしている国に生きている者にとって「歴史」を直視しようとすること、探求しようとすることは大変な労力を必要とすることですが、真理を探究することは人間の営みとして決して無くしてはいけないことだと思います。&#13;&lt;br&gt;
地球史ではほんの瞬きにもならない時間ですが、私たちにとっては貴重な一瞬に生きていることを念頭に置き、真理を探究していくことが大切と思っています。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
さて、6月研究会は6月25日（土）に会場（名古屋国際センター）とオンラインの併用型を予定しています。会場に来られない方はオンラインで（会場の都合などで万全にはできませんが）参加できます。 &#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
今後、次の日程で開催予定していますが、情況により中止（休会）、またはオンライン（Zoom　meeting）にすることがありますので、直前の連絡も含めて、確認してください。 &#13;&lt;br&gt;
また、会場使用にあたっての注意事項（以前に記載しています）も遵守していただきます。 &#13;&lt;br&gt;
不明なことがあれば、LINEかE-mailか、このブログのコメント欄（原則、コメントについては一般公開しません）から連絡してください。 &#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
＜2022年6月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　6月25日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第3研修室（4階） &#13;&lt;br&gt;
オンライン（Zoomミーティング）を併用する予定です。 &#13;&lt;br&gt;
＜2022年7月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　7月23日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年9月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　9月3日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年10月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　10月8日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年11月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　11月12日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第3研修室（4階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年12月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　12月10日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階）&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>5月の北半球は、春や夏の訪れを祝う月です</title>
      <link>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/04/25/9484819</link>
      <guid>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/04/25/9484819</guid>
      <pubDate>Mon, 25 Apr 2022 23:00:57 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-04-25T23:01:44+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-04-25T12:51:00+09:00</dcterms:created>
      <description>5月（陰暦4月）は賀茂祭（葵祭）の月です。古代に始まり、途中中断されたものの、今日に続く数少ない祭の一つです。葵祭、7月の祇園祭は観光客が殺到する祭ですが、日本の国家形成の歴史的背景などを知ることができる重要な祭祀となっています。&#13;&lt;br&gt;
世界に目を移すと、5月1日はヨーロッパ各地で「夏至祭（メイポール）」などが行われます。古代ローマ帝国がヨーロッパ全土に勢力を拡大して行く中で、古代ローマの祭がそれぞれの地域の祭と結びついていき、春の訪れをお祝いし、豊穣の女神に夏の豊かな実りを願い（予め豊穣を感謝する儀式にもなりますが）、未婚の男女の出会いと交流の場となっていきました。広場の中央にメイポールを立て、その周りでダンス（いわゆるフォークダンス）を踊ったり、子どもたちによる劇（春の聖霊が冬の悪霊を退治する）やパレードなど、地域により異なりますが、キリスト教がヨーロッパに拡がる以前からの民俗文化が続いています。もちろん、春の収穫祭などを起源とするユダヤ教の祭と、それを受け継ぎながらも新たな装いの祭としたキリスト教が根付く中で、復活祭から続く聖霊降臨祭とあわせる形で今日まで残ってきました。&#13;&lt;br&gt;
ヨーロッパでは、前日はサバト（魔女の夜会）といわれ、キリスト教の「諸聖人の日」の前日はケルトなどで聖霊を祭る夜として「ハロウィン」の文化がありました。アメリカはその流れを汲んでいます。日本では、あくまでも商業ベースですが。&#13;&lt;br&gt;
また、「労働者の祭典」（死語に近い過去の言葉になっていますが）といわれる「メーデー」は、人々がお祝いするメイポール祭につなげるようにして始まったともいわれています。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
古代から「春を待つ」ということは生きる希望で、草木の芽吹きから命の復活、よみがえりなどを象徴するものでした。そこから「永遠の命」などの考えが生まれていきました。&#13;&lt;br&gt;
明日香村の高松塚古墳の壁画で有名な四神獣（青龍、朱雀、白虎、玄武）が東西南北の方向、四季、人生の時期を示していることは、私も講義で度々触れています。東、春、若年期を顕す青龍（ここから「青春」となる）、南、夏、壮年期を顕す朱雀（「朱夏」）、西、秋、熟年期を顕す白虎（「白秋」）、北、冬、老年期を顕す玄武（「玄冬」）には、四季のはっきりした世界の中で暮らしていた先人たちの想いが見えてきます。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
死を迎えずに生きながらえることが人々の願いなのかと考えると、仏教もキリスト教も「生と死」があるからこそ、季節の移り変わりがあるからこそ生まれてきた「思想」であるでしょう。「どのように生きるか」「どのように在るか」ということは、死を肯定し、死を受け入れるからこそ意味を為すと考えます。&#13;&lt;br&gt;
日本では死を忌み嫌う慣習が根強いですが、反面、死を美化して戦争を正当化するという歴史と人々の意識の問題が社会のあり方を現在でも左右しているように思われます。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
「生と死」についてきちんと考えることは、とても大切なことと考えます。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
さて、5月研究会は5月21日（土）に会場（名古屋国際センター）とオンラインの併用型を予定しています。会場に来られない方はオンラインで（会場の都合などで万全にはできませんが）参加できます。 &#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
今後、次の日程で開催予定していますが、情況により中止（休会）、またはオンライン（Zoo　mmeeting）することがありますので、直前の連絡も含めて、確認してください。 &#13;&lt;br&gt;
また、会場使用にあたっての注意事項（以前に記載しています）も遵守していただきます。 &#13;&lt;br&gt;
不明なことがあれば、LINEかE-mailか、このブログのコメント欄（原則、コメントについては一般公開しません）から連絡してください。 &#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
＜2022年5月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　5月21日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階） &#13;&lt;br&gt;
オンライン（Zoomミーティング）を併用する予定です。 &#13;&lt;br&gt;
＜2022年6月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　6月25日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第3研修室（4階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年7月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　7月23日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年9月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　9月3日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年9月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　10月8日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年9月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　11月12日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第3研修室（4階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年9月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　12月10日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階）&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>私たちはどのような社会に生きているのでしょうか</title>
      <link>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/03/27/9476434</link>
      <guid>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/03/27/9476434</guid>
      <pubDate>Wed, 06 Apr 2022 06:50:16 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-04-06T19:03:50+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-03-27T21:59:26+09:00</dcterms:created>
      <description>毎日、ウクライナのことが新聞やテレビで報道されていますが、それに呼応するかのように日本でも政治家や自称元政治家たち、ポピュリズムに頼っている人たちの発言もエスカレートしています。&#13;&lt;br&gt;
戦争は決して肯定されるものではありません。私たちは、なぜ戦争が煽られていくのか、考える必要があるのではないでしょうか。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
ところで、わたしたちの生活をとりまき、かつ、基盤となっているものに「規範」があります。日本は「法治国家」といわれています。そのことの意味はここではふれませんが、法律によって社会や経済が規定されたりしていることはまちがいありません。&#13;&lt;br&gt;
「誰のための法か」ということをよく聞きますが、そもそも「法」とは何かということがどの程度の人が理解しているのかということを考えると、人々の生活に密接な存在でありながら遠い存在となっていると思わざるを得ません。&#13;&lt;br&gt;
法が厳格に適用されるとどうなるのか、あるいは、法の規定をどのように解釈し運用していくのかなど、多くの人にとっては自分に直接関わる事態にならなければ、法のもつ意味はなかなか知られることがないかも知れません。法令に「責務」を規定してあっても罰則規定がなければ法令遵守が名目に終わってしまっていることはないでしょうか。社会経済活動に関わる人にはコンプライアンス（法令遵守）が求められるとよくいわれますが、どのような範囲であれば遵守していることになるのでしょうか。&#13;&lt;br&gt;
また、法の運用が恣意的に行われるとどうなるでしょうか。&#13;&lt;br&gt;
法とは何か、日本においてさまざまな法はどのような成り立ち、働きをしているのか、私たちと法の関係について考えることはとても大切なことと考えます。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
4月研究会は、4月23日（土）に会場（名古屋国際センター）とオンラインの併用型を予定しています。会場に来られない方はオンラインで（会場の都合などで万全にはできませんが）参加できます。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
今後、次の日程で開催予定していますが、情況により中止（休会）、またはオンライン（Zoo　mmeeting）することがありますので、直前の連絡も含めて、確認してください。 &#13;&lt;br&gt;
また、会場使用にあたっての注意事項（以前に記載しています）も遵守していただきます。 &#13;&lt;br&gt;
不明なことがあれば、LINEかE-mailか、このブログのコメント欄（原則、コメントについては一般公開しません）から連絡してください。 &#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
＜2022年4月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　4月23日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階） &#13;&lt;br&gt;
            オンライン（Zoomミーティング）を併用する予定です。&#13;&lt;br&gt;
＜2022年5月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　5月21日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年6月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　6月25日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第3研修室（4階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年7月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　7月23日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年9月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　9月3日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階）&#13;&lt;br&gt;
＜2022年9月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　10月8日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階）&#13;&lt;br&gt;
＜2022年9月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　11月12日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第3研修室（4階）&#13;&lt;br&gt;
＜2022年9月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　12月10日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階）&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>3月研究会はZoom-meetingで行います</title>
      <link>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/03/09/9470944</link>
      <guid>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/03/09/9470944</guid>
      <pubDate>Wed, 09 Mar 2022 17:01:53 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-03-09T17:03:52+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-03-09T15:55:53+09:00</dcterms:created>
      <description>現在、COVID-19の感染は減少傾向にあるというものの、新種の拡がりが進行しているのか高止まりの状況が続いています。&#13;&lt;br&gt;
そのため、2月に続き、3月もオンライン研究会（Zoom-meeting）とします。&#13;&lt;br&gt;
オンライン研究会に登録されている方には、近日中に案内と当日の資料を送ります。参加希望される方でまだE-mailアドレスを登録されていない方は、コメント欄に記入してお知らせください。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
3月研究会は「自己認識（自己覚知）」についてのお話しです。また、時間があれば、ケアプラン点検についてもお話しします。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
ところで、昨日8日「拘禁刑」新設が閣議決定されました。1907（明治40）年に現行刑法が制定されてから初めて刑罰の種類が変更されることになります。懲役刑と禁固刑を廃止・一本化するというもので、再犯者に対する「矯正教育」の充実が必要という理由です。&#13;&lt;br&gt;
高齢者や障害者の服役者の増加の対策で、法成立後3年以内に施行するというものです。その他の改正も盛り込まれていますが、刑法改正は大きな意味をはらんでいます。&#13;&lt;br&gt;
法改正にあたっての国会の議論はどの程度行われるかわかりませんが、今後に注目したいと思います。&lt;br&gt;
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    </item>
    <item>
      <title>「悲しみ」について考える〜今月の一冊から〜</title>
      <link>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/02/23/9466699</link>
      <guid>https://mihirakotarou.asablo.jp/blog/2022/02/23/9466699</guid>
      <pubDate>Mon, 28 Feb 2022 09:49:53 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2022-02-28T18:35:49+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2022-02-23T11:52:40+09:00</dcterms:created>
      <description>早いもので、もう3月になります。&#13;&lt;br&gt;
2011年3月11日に東北地方太平洋沖（三陸沖）地震によって引き起こされた東日本大震災から11年に経ちました。その6年前の1995年1月17日は兵庫県南部地震により引き起こされた阪神・淡路大震災がありました。その間にも、それ以前にも、その後にも地震などによる大きな災害はおこり続けています。&#13;&lt;br&gt;
東日本大震災ではNHKが震災支援プロジェクトとして企画制作した「花は咲く」（作詞：岩井俊二、作曲・編曲：菅野よう子）が歌い継がれています。歌詞について作詞した岩井俊二さんは震災で亡くなった人の目線で作ったと語っています。死者を悼む歌や詩、文が多い中で死者からのメッセージとして響く歌詞は、深い味わいをもっていました。阪神・淡路大震災では、当時神戸市立小学校の音楽教諭であった臼井真作詞・作曲の「しあわせはこべるように」が生まれ、その後、東日本大震災後にも歌詞の中の「神戸」がその地域の地名に置き換えられて歌われました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
悲しみが慈しみとなっていく、あるいは表裏一体となっていくうえで、文字として表れることばには、心の奥深くに染み込んでいく力があります。涙を流すというよりも涙が湧き上がってくるという方がよいかも知れませんが、どんなに悲しくても、どんなに辛くても生きていくことを嘆くのではなく、生きることを確かめるうえで涙は必要なのかも知れません。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
私の手許に「君の悲しみが美しいから僕は手紙を書いた」という一冊があります。批評家・随筆家（ときには思想家と紹介されますが）の若松英輔さんが書かれた手紙形式の随筆です。（河出書房新社　2014）本の帯には「悲しみを知る全ての人に　傷ついたひと、悲しみのふちにあるひとこそ光を放っている—」とあります。&#13;&lt;br&gt;
東日本大震災から3年経とうとする時に出版され（あとがきは、2014年2月11日になっています）、11通の手紙の形をとって、釈迦や石牟礼道子さん、池田晶子さん、原民喜さん、柳宋悦さん、宮崎かづゑさんなど若松さんが他の自著などでとりあげている人たちのほか、多くの人の人生や文、ことばや作品をとりあげながら「批評」し、その人たちのことばの中にあるメッセージを伝えています。身近な人の死や悲しみの中にあるメッセージを自分はどのように受けとめているか、受けとめていきたいかという文章は、一つの思想といってもよいかも知れません。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
若松さんの本には「悲しみ」「涙」「死」ということばよくでてきます。2014年1月20日に出版された「涙のしずくに洗われて咲いづるもの」（河出書房新社）は冒頭の文に「生きている死者」について、「死者の姿は見えない。だが、見えないことと存在しないことは違う。見えなくても、その姿にふれることができなくても、存在するものはたしかにある。」と述べています。そして「悲しみの意味を信じなくなった現代は、悲しむ人を励まそうとする。悲しむな、元気を出せ、がんばれ、と鼓舞する。」「死別を悲しむ人を激励する必要などない。彼らは励まされる前にすでに懸命にもがき、生きようとしている。彼らに必要なのは声高な励ましではなく、静謐なまなざしである。」とことばを続けています。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
対人援助に関わる者にとって大切なことは「悲しみ」を知っていることだと思います。そのようにいうと、自分は幸せだと思っているから悲しみは知らないという人もいるかも知れませんが、悲しみとは嘆きではありません。辛さでもありません。悲しみはどれだけ人（ときには人以外の場合もありますが）を大切に思っているかということです。亡くなった人への思いも、その人のこと大切に思っていたから、また、その後も思っているから悲しみを知るのです。&#13;&lt;br&gt;
聖書で「憐れみ、憐れ」という日本語のことばがしばしば出てくるのですが、現代人が思っている意味とはちょっと違います。もともとは、「心がかきむしられるようにその人のことを思う」という意味のある原語でした。&#13;&lt;br&gt;
悲しみは、人を大切に思っているからこそ生まれるもので、時には鬱陶しく思えるようなことがあったとしても、その人が生きていくために私は何をするのかということが対人援助の基礎だと思います。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
今後、次の日程で開催予定していますが、情況により中止（休会）、またはオンライン（Zoo　mmeeting）することがありますので、直前の連絡も含めて、確認してください。 &#13;&lt;br&gt;
また、会場使用にあたっての注意事項（以前に記載しています）も遵守していただきます。 &#13;&lt;br&gt;
不明なことがあれば、LINEかE-mailか、このブログのコメント欄（原則、コメントについては一般公開しません）から連絡してください。 &#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
＜2022年3月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　3月19日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年4月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　4月23日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年5月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　5月21日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年6月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　6月25日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第3研修室（4階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年7月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　7月23日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階） &#13;&lt;br&gt;
＜2022年9月研究会＞ &#13;&lt;br&gt;
日時：　9月3日（土）１３：３０〜１６：３０ &#13;&lt;br&gt;
会場：　名古屋国際センター　第2研修室（3階）&lt;br&gt;
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    </item>
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